2〉イギリス労働階級の状態

Die Lage der arbeitenden klasse in England(1845)
エンゲルス、ブリードリッヒ

成立と構成

二十四歳の多感な青年エンゲルスは、初め、マンチェスターの伯父の紡績工場で働くかたわら英国社会史を廣く研究してそれをまとめてみようと考えていたが、その後英国労働第一階級の生活の中に自ら入って行き、自分で直接目撃し体験した結果を「社会主義の現論の確乎たる判断の碁礎として」これを一冊に纏め上げることに考主変えるに至った。彼が青年らしい敏感さで多分ヒューマニスチックな語調を以て微細な点に至るまで労働者階級の悲惨な生活と、それを不可避的なものとする資本主義制成に対する批判を論述し、後年(一九O五年)ソムパルトも「十九世紀の初葉、英国に現われた様々な貧窮状態を叙述した文献のうち最も傑出し、今日でも依然として味讀の償値あり」と賞場して措がなかった力作こそは本書である。「英国労働階級に捧ぐ」という序文に続いて本文は全部で十二章。各章毎にその研究対象問の関連をはかりつゝ詳述され、最後に、革命到来の必然性が緊張味をもって掛かれている。

内容と意義

まず第一章では、産業革命、就中紡績機(ジェニー)の発明が、国内市場を以て満足していた道徳的で謙譲で健康なヨウマンリーの紡績手工業を破滅させ、農工業に於けるプロレタリアの発生を促し、更に燕衆力の発明による木綿工業の発達と相侠って無産階級――何等の生産手段をも有たず、たゞ自らの労働力を賣ることによってのみ生活することのできる階級――の発達が国家的意義を有するに至る過程主述べている。次いで第二章では、工業労働階級が最も典製的な無産階級として取抜われ、その分類、その搾取による富の集中、近代工業の動力として彼等の労働力が資本として扱われること、資査主義の発展期に於ける人口の集中等に就いて詳細な論述がなされ、スチルネルの「人はお互に單に利用すべきものとしか考えない」という言葉を引用して人間の商品化を確認し、社会的戰爭の到来を述べている。第三章では、その必然的結果としての大都市の発生とそのミゼラプルな状態とが実に詳細に描かれている。邸ち、多くの都市――ダブリン、エディンバラ、リバプール、ランカシア等――の工場街、貧民街、公園、公共宿泊所、市街の構造、道路たどについて、またそこに住む人々の家の構造(これには図解まで添えてある)について、更に衣服や食物の状態について述べられ、蒸気や気候の急変、或いは行商人による腐肉の販費、またココアが羊油でいためられ褐色の土を混入されることまで、実にくわしく述べられた上で、結論として、汚水、塵埃、不潔な空氣、チブス、コレラの発生、煤煙、不正行為の公然たる横行等にみちた陰惨な町とその生活との根本原因を正当にもブルジョアによる労働搾取の手段としての低賃銀、および過重労働にあるとして居り、第六章と共に重要な部分となっている。第四章では競争について、ブルジョア間、労働者間のそれが述べられ、更に両者間の形式的法律的自由、自由な意志による契約を以てした等價の決定等が如何に観念的であり、この社会ではそれが如何に支配階級による一方的なものであるかが解明せられ、他方労働者間の競争は自覚的結合によって取り除かれはするものの、それでも不況時代には専ら生きんがための必然的結巣としてそれが起ることに就いてのべられている。続く第五章ではアイルランド人の来往による労働階級の貶下を、また第六章では前章までに述べられた諸結果が労働者にとって如何なる結果をもたらすかを取上げ、健康状態、道徳的倫理的自覚、教育の内容や施設などについて詳しく論じ、そこにあらわれた結核、酒癖、死亡率、家庭生一の顚倒、放埒な性交、社会秩序の無視等につきブルジョアに対して社会的殺人罪を問うている。第七章は狭義の工場労働者を取扱つていて、機械の使用によって人間労働が細かい指先の仕事や、簡單な監督で済むようになった結果、成年男子の代りに婦人や少年の工場進出が行われるようになること、またそのために生ずる道徳的、精神的、肉体的諸問題についても工場調査委員会の報告に基いて具体的な記述を行い、かつ工場法と十時間労働法のための運動の必須であることを述べ、現物給輿制度等の餘銭的貧慾に関連して、右のような事態に対するブルゾョア階級の非人間的な態度を痛罵している。第八章ではその他の額類の労働について略し同じことが述べられて居り、次の第九章では労働運動について、「私有財産制度への侵犯」に算えられる謂ゆる犯罪行為や、機械破壊や、團結によるストライキなどのその反抗形態を取り上げ、資本家側のストライキ破りにまで言及しているが、結局、労働市場の過剩な場合には労働労側が敗北するという点に注目している。一八四二年のマンチェスターでの闘争を具体的に紹介して、法律が如何に支配階級の利益のためにあるか、またそれが如何に不当に支配階級のために労働者な酷使させるかを究明し、更にチャーチズムとチャーチスト運動の歷史とを略述し、これがブルジョア的急進生識から離れて社会主義への方向に向いつゝあること、そしてその闘争は純然たる階級闘争であること等を説明して、労働者による階級闘争の一般的立脚点にまで言及している。第十章ではコーンウォールやアルストンモールに鉱山労働者を訪ねて、その悲惨な労働吠態に関し、黑唾病等の特殊的な疾患や、資本家による生産費の出し惜しみのため必然的に発生する爆発事故や、落磐等の階級的災害に義慣な洩らし、また教育を等閑視することによる徳性の缺除を専ら労働者側の責任のみに帰することに対して論難を加えている。更に重要なのは、現物給興制度や寄宿舎制度などのような非人道的かつ組織的な労働搾取の僞瞞性をその本質においてあばき出し、これに対してユニオン(労働組相)が如何に闘ったかを北イングランドにおける一八四四年の大争議に関して述べ、治安判事の出鱈目さ加減と現物給興制度の覆滅の必要とを指摘している。続く第十一章では農業プロレタリアートの問題を取上げ、その発生の由来や困窮の状況とはじめ、穀物條例問題に対する農民の無関心状熊にも言及し、更にウェイルズの小作人やレベッカの騒械について、また土地財産の過少分配が国民の窮乏化を決定的なものとすること等についてのべている。

さて、最終の第一二章では、全体の結論として問題を一般的緦括的に取扱い、プルジョアジーのプロレタリアートに対ずる態底の一般的特徴と述べて、その慣落、そのあくたき金銭慾、またその金銭慾のためには人間性や良心の蹂躙も敢えて意に介せぬ態度、また搾取のための協義的な慈强行為や、穀物條例問題からみた経済学および行政、立法、司法の本質等につき詳論している。最後に、新奮救貧法を比較して、新救貧法が彼等自身、資本家階級自身の産み出した貧窮者を餓死から救うための公共事業には鐚一文の慈善的支出も拒み、必ず反対給付(報酬)を求めることによって如何にマルサスの人口論を忠実に反映しているかを述べ、恰も貧窮者の死を早めるために建てられたような養育院に於ける鬼畜的行為に激しい攻撃を加えて、これに対する世間の関心を求め、マルクスの人口論を批判し、更に全篇の結論として新進アメリカ資本主義の急進な伸張とドイツ資本主義の長足の進歩はやがて国内資源に乏しいイギリス資本主義を脅かして大恐慌を招き、国内市場が益〻狭隘化するために、このまゝではイギリスは没落するか叉は無産者の革命による新しい世界の建設に向うか、そのいずれかを選ぶ他はあるまいとの結論を導き出している。そして、本書の序交の最後で労例者に興えている「断平たれ、臆する勿れ、勇敢なれ」という言葉の歷史的物質的根拠を明白に示している。されば本書は、およそ労働問題に関心をもつ者にとつて必讀の書であることは言うまでもない。讀者は、そこに、二十四歳の白面の青年が如何に人間性に対する情熱に燃えて社会問題の本質を衝いているかを知ると共に、これによつて資本主義の典型的な発展法則をも如実に知ることが出来よう。

参考

邦譯には、マル=エン全集(改造社版)にあるもののほかに、竹内謙二訳(同人社版)がある。後者は、譯文はやゝ古風だが親切な譯である。細井和喜蔵著『女工哀史』(改造文庫版)をも併讀すれば得るところが多いだろう。

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