23〉財産進化論

La propriete, origine et evolution(1901)
ラファルグ、ポール

成立

著者は、本書によって、今日の財産形式が人類の原紙時代から存在していて、しかも将来も永久にこのままで存続するものであるかのように説くブルジョア学者の虚偽を打ち破ろうとしている。その際、彼の所論は、本書の前半では、エンゲルスの『家族・私有財産および国家の起源』の論述をたどっており、またモルガンの『古代社会』*に負うところも多い。そして本書の特色は、後半の封建的財産とブルジョア財産とに関する章にある。

内容

著者はまず、私有財産が世界のはじめから今日まで変ることなく存在しているもののように説くブルジョア経済学者に反対して、決してそういうものではなくて、財産は社会の生産力の法的表現であり、生産力の発展の各段階に應じて進化し、それぞれ特殊な形態をとるものであることを述べている。そしてその進化を、(1)原始共産制、(2)家族又は血族集産制、(3)封建的財産、(4)ブルジョア的財産の順で説明している。こゝでは主に原始共産制と、ブルジョア的財産とについて紹介しよう。
まず、原子協賛社会では、人は、武器、装身具などのように自分と結びついた個人的な所有物以外は、一切の物を共有していた。原始共産制の遊牧時代においては、狩猟と魚撈とは共同して行われ獲物は平等に配分された。そして財産の所有者は個人でなくて氏族であった。彼らが遊牧生活をやめて定住し、家族がはじめて母権制の形をとるようになった後でも、その住家は共有であり、食事も食物も共有であった。やがて農業を行うようになった後も原始共産制の続いた間は、土地は各種族によって教習され協同に耕されていた。
だが農業が進むにつれて男女の分業が行われるようになった。それは、マルクスの言っているように、性別による最初の分業である。男性は戰死兼猟師であり、女性は田畑の労働者であった。そして私物の使用はその所有権の唯一の條件だったので、直接に耕作する土地の所有権は女性に帰したが、原始共産制の続いた間は共有地は共同で耕作されていた。種族の共有財産性が崩壊したのは、家族が作られ、父権制が生れた後のことである。著者は以上の範囲では主としてエンゲルスの諸説をたどっており、またモルガンからも屡々引用している。
更に次の段階に進むと、それは血族集産制の社会である。この社会では、種族の共有地は各家族の財産となるように分割されるのであるが、この共有地はやがて封建制社会に入ると共にその領主の詐欺と暴力とによって奪われる。封建的財産は血族集産制財産からブルジョア的財産への橋渡しの役目をもっている。
では、ブルジョア的財産はいかにして生れたのか?封建制度の下に現われた都市の手工業者はギルド(同業組合)を組織したが、やがてギルドは親方たちに独占され、職人はこれに加入する道さえふさがれた。ところが喜望峰の回航による印度航路の開通、米大陸の発見、米国の黄金の欧州市場への輸入などは、土地の價値を低下させた反面、都市ブルジョア的生産の発展を促した。これによって、商業と生産とは急速な発達をとげ、都市の成長を早めた。そして富裕な商人と製造業者とは、既に土地を奪われていた農民と、ギルドを破壊された独立の生産者とはなれなくなっていた職人とを見方に引き入れて、ついに封建制度をくつがえした。それがブルジョア革命である。
このブルジョア革命によって農業と商号との発達を阻んでいた封建的桎梏がやぶられ、ブルジョア的財産は自由に、そして更に急速に発達するようになった。地主は田畑を囲む権利を手に入れ、土地を資本家的に経営するようになった。共有地は分割されて結局ブルジョアジーの所有に帰した。耕作農民はあらゆる資本を奪われ、労働力以外に何ももたない賃労働者となった。このようにして資本制生産に必要な財産形態が作りだされ、資本家のために働かざるを得ない近代プロレタリアートが現れたのである。
資本こそ実に近代社会における財産の典型である。そして資本家は生産者の手から労働要具をほとんど奪いとっている。だが、機械的産業に基づいている社会では、資本は労働要具(不変資本)の上に下される。そして流動資本(可変資本)の量、生産の速度、市場からの距離、商品の販賣と支拂いに要する時日などが、すべて、金融を経済組織の中心たらしめることになる。だが、やがて金融、機械的産業、及び近代的耕作方法は、財産の性質を本質的に変えない限り、即ち財産を個人的のものから非個人的なものに、社会共有のものに、綱和知もう一度共有のものに転換しない限り、もはやそれ以上の発達はできなくなっている。
このように財産進化の状況をのべて、著者は最後に、「人類が原紙の簡易単純な共産制度を破壊した後、文明は複雑にして科学的な共産制度の要素を入念に作り上げている。原始時代におけると同様に、今日労働は再び共同で行われている。だがその生産者らは労働の要具をも、また労働の生産物をも所有してはいない。労働の生産物はまだ公平に配分されていはいない。それは怠情な資本家によって独占されている。だが彼らの滅亡は今や時期と機会との問題に過ぎない。財産の寄生虫を消蕩せよ。然らば共産主義的財産制が自ら社会に確立されるようになるであろう」と言っている。

参考

邦譯には荒畑勝三譯『財産進化論』(改造文庫版)がある。

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