29〉社会主義通史

Allgemeine Geschichte des Sozialismus und der sozialen Kampfe(1922-23)
ベーア、マックス

構成と意義

本書の原名は、正しくは『社会主義及び社会闘争通史』であるが、一般には『社会主義通史』と呼ばれていて、その構成は、第一篇「古代」、第二篇「中世」、第三篇「近古」(第十四世紀より第十八世紀まで)、第四篇「近世」(一七五〇年夜一八六〇年まで)、第五篇「最近世」(一八六〇年より一九二〇年まで)となっている。
著者は本書の記述を、紀元前第十二世紀におけるパレスチナのヘブライ人の社会状態からはじめ、一九二〇代の世界情勢の概観で終わっている。卽ち、本書の内容は『舊約聖書』の時代から第1次世界大戰直後にまで及ぶという、極めて廣汎なものである。その廣汎な時代を通して絶え間なく行われてきた社会の諸階級間の闘争の全般を、著者は社会主義及び共産主義のための闘争氏として説明することに努力している。ところがそれは一つの無理なのであって、そのため、場所によっては、本書は厳正なマルクス主義的方法を守りえないでいるところがある。だが、そういう一部のうらみはあっても、廣汎な年代に亙っての社会闘争しをかくも巧みに簡明に既述したことは著者の大いなる功績であって、本書はこの方面における名著たることを失わぬものである。もし讀者が正しいマルクス主義的立場に立って本書を利用するならば、それは社会闘争氏について極めて豊富な資料を提供する百科全書的な役割を果たすものである。

内容

第一篇は古代の意義を説明した序論に始まり、パレスチナ、ギリシア、ローマを経て、原始キリスト教で終わっている。古代ギリシアを取扱った中には、他では見られない資料(例えばアリストフォネスの項)を含んでおり、第五章「ローマ」の中では、スパルタクスに一項を当てている。スパルタクスは、マルクスが感動して「古代プロレタリアートの偉大な将軍」と呼んだ奴隷解放闘争の指揮者であり、第一世界大戰中にドイツの共産主義者たちが結成した「スパルタクス團」の名称も彼に由来しているのである。なお、第一篇はキリスト教の由来とその階級的意義を知る上において有益である。
第二篇は第四世紀から第十四世紀に及んでいて、僧侶と結合して堕落した正統キリスト教に対する反対派としての異端各派の社会思想を詳細に説き、異端派は当時における民主主義的勢力であったことを示している。
第三篇は中世の没落と農民の叛乱とに始まり、ユトピア時代までを含んでいる。この篇では意義率とドイツとにおける農民一揆又は農民戰争について知ることができるし、また、空想的社会主義の先駆者たちの思想についても詳しい解説を聞くことができる。
第四篇はフランスにおけるブルジョア革命とイギリスにおける産業革命をめぐっての労働運動の発端、及び最初の革命的労働運動(チャーチズム)を取扱っている。それは近代ブルジョアジーの勝利の時代であると共に、その対立者たる近代プロレタリアートの誕生の時代である。若し社会主義という言葉をより厳密な意味において用いるとすれば、眞の社会主義史はこの篇から始まると言うことができる。著者は本篇をイギリスにおける経済的変革から説き起こして、技術上の発明の振興と共に深刻化してゆく産業革命を語り、またスミス、ベンタム、リカードを挙げてブルジョアジーが彼らrの利益をどのように理論づけたかを説明している。フランスについてはフランス革命、ナポレオン戰争、および王政復古の時代を説き、また、当時の後れたるドイツについては、イギリスおよびフランスからの政治的経済的な影響を語っている。この間に近代の空想的社会主義者の思想が説明されていることは言うまでもない。
第五篇は科学的社会主義以後の時代を取扱っている。まずその第一章ではナポレオン戰争後のドイツの経済的社会的動乱が説かれ、第二章「外国におけるドイツ人の秘密結社」、第三章「ドイツにおける政治的及び社会的運動」を経て、第四章は「カール・マルクス」となっている。その章では、著者は、マルクスの重要性、マルクスとヘーゲルの辨證法、唯物史観、階級闘争、マルクスの経済学の核心、眞かと革命、エンゲルスとの交友、共産主義同盟の成立と規約などの項目を設けて、マルクスについての一般的概念を與えている。
本書全体の最後の章では、ヨーロッパ、オーストラリヤ、南アフリカ、北アメリカ、およびアジアにおける諸小黨のことが述べられている。そして、アジアにおいて問題になるのは極東である、と言い、特に注意に値するのは、日本の社会主義的労働運動であるとして、次のような記述をしている。――日本は最近数十年間に近代的国家となり、労働者の隔世の徴候はすでに一八九〇年代に現われた。日本の議会は一九〇〇年(明治三十三年)には治安警察法というストライキ鎭圧法を通過させた。一九〇一年には、幸徳傳次郎と片山潜とが日本社会民主黨を創立したが、直ちに官憲に禁圧された。その代りとして一九〇三年に革命的團体である平民社が生れ、一九〇四年には日露戰争に反対した。然し、この平民社もまたその先駆者と同じ運命に陥った。卽ち、一九一〇年には、幸徳秋水およびその他の多くの社会主義者が、大逆罪の名によって起訴され、死刑に処せられた。だが、第一次世界戰争中における日本の工業の発達とロシア革命(一九一七年)とは、日本の社会主義と労働組合運動とを復活させた。労働者の間のみでなく、インテリゲンチャの間に於いても、社会問題が熱心に研究されていて、日本における労働者運動の前途は甚だ有望である。現状から言えば、日本の運動は、アジアの労働階級の解放の先頭に立つものであろう、と。

参考

邦譯には西雅雄譯『社会主義通史』(昭和二年、白揚社版)がある。本書は廣汎な時代を取扱っていて併讀すべき文献も数多いが、就中早川二郎譯、ボチヤロフ、ヨアニシア共著『世界史教程』(全五巻・白揚社版)はできるだけ奨めたい。これらは科学的歷史基礎文献として極めて有益なものだからである。

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