35〉住宅問題について

Zur Wohnungsfrage(1887)
エンゲルス、フリードリッヒ

構成

本書は、ドイツの大業成立時代の重要な問題であった住宅問題について、エンゲルスがプルウドンおよびその一派の主張を敲いた三つの論文からできており、マルクスがプルウドンの『貧困の哲学』を批判した『哲学の貧困』の不充分な点を補っていたものである。特に第三編は国家についての重要な文章を含んでいる。レーニンは『国家と革命』*の中で、この『住宅問題』に一つの節を当てている。

内容

プルウドン一派のブルジョア社会主義者の主張によると、労働者の住宅難を作り出した原因は資本家の無知と労働者の無知とである。特に労働者たちは軽率であって合理的な生活方法を知らない。彼らは少しでも家賃が安ければ、暗い濕つぽい不衛生な住宅に住もうとする。しかも彼らは酒とタバコと女とに金を使う。そういう労働者の不道徳、つまり罪が住宅難の原因である。資本家にも勿論、罪がある。それは彼らがよい住宅の高級に投資しないということである。つまり、住宅問題は人間の劣悪なことから、卽ち、あのキリスト教が教える原罪から生れてくるのである、という。
プルウドン一派の資本家と労働者との無知についてのおしゃべりは、つまりこの両者の利益を調和させようという説教である。前者が自己の眞の利益を知ったら労働者に良い住宅を供給するだろうし、後者も自己の眞の利益を知ったら労働運動をせず、上役たる資本家に従うであろうと、いうのである。つまり、彼らはブルジョア社会の存立を保たんがために、社会悪を正そうとする。彼らは経済学を道徳にすりかえんとするものである。それはブルジョア社会主義の本質を暴露したものである。
係る立場から彼らが提出する住宅問題解決の具体策は、労働者をいつまでも借家人としておかないで、自分の住宅の所有者にならせようということである。つまり、法律によって、家賃の支拂いがその住宅の買入價格の賦拂いとなるようにすることである。ところが、労働者が自分の住宅を買入れなければならないということ思想は反動的なものである。彼らはまた、労働者は土地を所有従っていると勝手に主張している。労働者個人に家と土地とを所有させようという企ては、労働者に賦拂いの小住宅を販賣することによって、彼らの革命的精神を迎え、同時に土地を所有させることによって彼らが一度労働した工場に一生縛りつけようとするものである。これは資本家を一層富ませ、労働者を一層奴隷化することにはかならぬ。
では住宅問題をどうして解決するか?それは他のすべての社会問題を解決しようとしているように、需要と供給とを徐々として経済的に調整することによっては不可能である。その解決には社会革命が必要である。社会革命は、まずあるがままの事物をとって、最もさしせまった害悪をあり合せな手段で正してゆかねばならぬ。大都会には今でも澤山のぜいたくな住宅がある。それを合理的に利用すれば「住宅難」はすぐ解決できる。それは、現在の所有者から家を收用して、宿のない者又は密室的に住んでいる労働者をそこに住わせるようにすることである。労働者が政権を取るや否や、公共の福利を目的とするこのような方策は、従来の国家が行った他の收用や宿舎割当と同じようにたやすく実行できるであろう。
然し住宅問題の根本的な解決は、これを大都市だけの問題と考えていては不可能である。それは都会と農村との対立を廃止させるという問題と共に考えられねばならない。資本家の社会はこの対立を廃止しうるどころか、反対に激化させつつある。この対立の激化のために社会問題の解決はその困難さをましている。住宅問題の解決が同時に社会問題の解決となるというプルウドン一派の見解は誤りであって、社会問題の解決によって、卽ち資本家的生産方法の廃止によって、同時に住宅問題の解決ができるようになるのである。住宅問題を解決すると共に、近代的な大都市を持続してゆこうとするのは矛盾である。近代的大都市は資本家的生産方法を廃止することによって、始めて克服させるのである。
住宅問題の解決の道が右のようであるとすれば、資本家は住宅問題を解決るすことができないし、また解決しようともしないことが火を見るよりも明らかである。個々の資本家が欲しないことは、彼らの国家もまた欲しない。なぜなら、国家は、絞られる階級、卽ち農民および労働者に対抗する絞る者の階級、つまり地主および資本家の組織された全権力にほかならぬから。この権力とその下においての生産方法が存率する限り、住宅問題や他の労働者の運命の関係した社会問題を、個々に解決しようとすることは愚かなことである。

参考

邦譯『住宅問題』はマル=エン全集第一二巻に収められているほか、加田哲二約(岩波文庫版)がある。なお『住宅問題』を讀む者はレーニン著『国家と革命』*の第四章を参照するがよい。

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