44〉太陽の都

Civitas Solis(1623)
カンパネラ、トマソ

意義

『太陽の都』はカンパネラの主著『現実哲学』の第三部にあたるものである。著者はここでその政治哲学に基づいて自分の理想国家を説いているが、これは明らかに、モアの『ユトピア』を模倣して書かれたものである。カンパネラは、私有財産と個人主義との害悪を强調し、その依ってくるところは、悪しき人間性と悪しき国民教育とにあると考えて、国家経営の中心課題を、善き、多面的な肉体的および精神的教育と国民生活の統制とに置こうとしている。

内容

本書は、モアの『ユトピア』、ベイコンの『新アトランティス』などと同様に、航海談である。本書の物語はブリエテである長老に話して聞かせる体裁になっている。
大西洋の眞中に四つの都市国家があって、そのうち三つはヨーロッパ的な生活方法を採っているが第四のものは「太陽の都」と呼ばれる島国で他の三つとは異なっている。ブリエテ一行は偶然この島国にたどりつき、島人に案内された「太陽の都」を訪ねるのである。この都は、「他の三つの都市国家の攻撃に備えるために、七つの堅固な城壁でかこまれている。城壁の内部には多くの宮殿があるが、中央部の山の上には、大殿堂が天を衝いて立っている。その周囲には大小の僧庵があって四十九人の僧侶が住んでいる。国王は「ソル」(太陽)と呼ばれる哲学者、形而上学者であるところの一僧侶である。「ソル」は宗教、政治、哲学、法律などの現世的および精神的事物の全般に亙って最高の権力を持っている。彼の下には三人の長官がポン(力‐ポテスタス)、シン(知‐サピエンチア)、モル(愛‐アモル)がいて、ポンは太陽国民の軍事を、シンは学問上技術上の統制されている。婦人、小兒、住居、食事等は凡て共有共同であって、私有財産というものではない。男女の配偶、性慾の満足さえも国家の統制をうける。まして兒を生むことはそうである。そういう男女の関係や産兒を統制することは、国家第一主義の見地から、官史と医者との指導によって、言わば今日の優生学的理論に基づいて行われるのである。生れた子供は二年間、又は医者がそれを命ずるならばそれ以上の間、その母によって哺乳される。その後は男の子は祖父さんが、女の子は祖母さんが、(祖父母がいない時は、それぞれ男女の子守が)引き取って教育する。成人すれば、職業部門によって異名を加えられるので、どの人もその名前によってその性能と職業とが察知される。
教育の目的は子供を何よりもまず生産的労働者にすることである。男女の区別なく、凡ての人が農業と工業との一般教育を受ける。従って凡ての国民が労働義務を果たすように教育される。各青少年が目的を意識して、健康な身体と健康な精神との鍛練を受けるので、成人した国民は喜んで労働に従事する。労働には凡ての人々が従事するのであるから、一日の労働時間は僅かに四時間で充分なのである。その他の時間は、各人がそれぞれ有意義に用いている。
一切が共有である以上、この国民の間には貧富の区別はない。勿論、国内では貨幣の用がない。金銭はただ外国貿易の場合にのみ用いられるのである。信教は自由であるが、宇宙を一体と見、耐用を父、地球を母、空氣を神の霊、海水を母の乳とし、太陽より熱を、地球より食を受け、自然と一体となって生きるというように考えることを指導される。
ここではまた、萬事が科学的に考慮される。国家の施策は専ら科学的見地から行われる。優良種の養成は馬や犬のみの特権ではない。国民もまえよりよき種たるように養成されなくてはならない、――という考えから、先きにのべたような優生学的人口搾取が採られるのである。従って、衣服も住居も食事も、個人の問題としてではなくて、国家の問題として、専門学者達の視察指導によって企画され実用化されているのである。」
さて以上のような輪廓によって、書かれている著者の理想国家について注意すべき点は、国王「ソル」と三長官との役割からも判断され得るように、この国は宗教的君主の下における絶対主義的武装国家となっていることである。それは社会主義的理想と法皇的権威との奇妙な混合物である。それはとりもなおさず、著者の長い追害の中の生活(二十七年の牢獄生活)体験とスペインの暴政の下に苦しんだ当時のイタリア国民の苦惱との反映なのである。カンパネラはその後期の或る著作の中で、法皇を君主に戴いて世界帝国をつくり、学問と文化とが、軍国政策と結びつきうることを説いているが、『太陽の都』もまたこれと同じ政治哲学の表現である。それはまた(ベーアの言葉を借れば)「独断的信仰と理性論的思惟、法皇的権威への服従と自由研究の尊重」という当時の人文学者としての著者の二重人格的な思想の分裂の現われなのである。

参考

邦譯としては加藤朝鳥譯『太陽の都』(世界大思想全集、第五〇巻)がある。

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