71〉ロシアにおける資本主義の發展

Razvitie Kapitalizma V Rossii (1899)
レーニン、ニコライ

成立と構成

本書は一八九〇年代の移り頃におけるロシアの経済組織、その発達、特に資本主義諸関係の構成を科学的に研究した大書である。レーニンは一八九五年十二月に逮捕された直後、獄中において本書の執筆を始め、九十八年の暮にシベリアの流刑地において書き上げたのであるが、本書が発行されたのは翌九九年の四月であった。
本書は「大工業のための国内市場の成立過程」という副題をもっているが、その内容は決してこの過程に関する一つの科学的労作と言うほどのことに止まっているのではない。著者の何よりも重要な意図は、革命的階級闘争における種々の階級の、わけてもプロレタリアートと農民層との、地位と役割とに関する具体的な問題に明白な回答を與えることであった。殊にレーニンが特別な注意を拂った問題は革命の前夜における農民層の役割であった。彼は本書の中で、革命の波が農民層の二重的地位と二重的役割とをますます暴露しつつあることを占め私、農奴制のあらゆる遺物の下における農民層の階級的分裂とその経済的基礎とを解明している。
レーニンが本書において取扱った諸問題は一九一七年の十月革命後、一應の解決を見ることになったのであるが、本書の重要性は今日もなお失われていない。それは依然として革命禅のロシア経済の模範的な研究であって、マルクス主義的な分析を農業問題という困難な分野に具体的に適用した美事な成果を示している。レーニンは、マルクス主義による農業問題の解明の一つの模範とされているカウツキーの『農業問題』*(レーニンの本書が出版された年と同じ一八七七年の初めに公刊されている)を、本書の完成前に参照し得なかったことを「甚だ残念であった」と言って、カウツキーの同書を称讃しているのであるが、それはまた反面において、レーニンが農業問題の解明に如何に苦心したかということと、その結果である本書はレーニンの理論家としての実力の高さを立證しているものであることを示しているのである。本書のドイツ語版への序文はその結びとして、「本書はマルクス主義の方法論の眞の教科書であって、革命的な闘争しつつあるプロレタリアートにとって何時までも缺くべからざるものであろう」と言って、その眞價を明らかにしている。

内容

本書は次のような八つの章から成っている。第一章「ナロードニキ派‐経済学者の理論的誤謬」、第二章「農民層の分解」、第三章「賊役経済から資本家経済への地主の移行」、第四章「商業的農業の成長」、第五章「工業における資本主義の最初の諸段階」、第六章「資本主義的工場手工業と資本主義的家内労働」、第七章「機械的大工業の発達」、第八章「国内市場の形成」であり、それに追加として諸表が添えてある。
第一章は次のような言葉で始められている。――「四條は商品経済の範疇である。商品経済はその発展において資本家経済へ轉化し、而してただこの公社の下においてのみ完全な支配と普遍的な拡大とを獲得する。故に、国内市場に関する基礎的な理論的諸命題を分析するためには、われわれは單純商品経済から出発し、而して資本家経済へのそれの徐々の轉化を探索しなければならない、」と。そして、第一節「社会的分業」以下九節に及んでいるが、第六節の「マルクスの実現理論」は、マルクスの流通理論についての極めてすぐれた解説とされている。
第二章においては、おびただしい数の統計資料を基礎として農民層の分解が明らかにされている。卽ち、農民の階級分化の過程、――一方からは富農、他方からはプロレタリア乃至は半プロレタリア形成の過程が考察されている。
第三章においては、貴族地主的農業経済から資本主義的農業経済への、移行の過程が吟味されている。そこでは、農奴制の遺制としての雇役制度の実態が明らかにされると共に、農業における機械のしようとその意義とが解明され、農業賃労働の発生過程とその意義とが説かれている。
第四章においては、穀物・牧畜・牛乳・麻・葡萄・甜菜・馬鈴薯・採油植物・煙草のような商業的農業の発達過程が考察されている。そして、ロシアの農業における資本主義の意義が明らかにされ、農業恐慌に関するエンゲルスの意見についても述べられている。
第五章は「われわれは今や農業から工業へ移る。ここでも農業に於けると全く同様に……最も單純な且つ最も原始的な工業諸形態から出発しつゝ、それらの発展の跡をわれわれは追及するであろう」という言葉で始められて、まず、家内工業と手工業とが説明されている。そして九節に亙って、商業資本がいかに小規模工業生産を占有するかが詳細の示されている。
第六章においては、織物・繊維・木材加工・動物性生産物加工・鉱物性生産物加工・金属および宝石加工などに亙って資本主義的マニュフィックチャアと家内工業とを検討している。
第七節においては、機械的大工業の各部門の発達を明らかにし、第八章においては国内市場の形成過程を描いている。
以上のような構成と内容とを持つ本書の中で、統計的諸報告の経済学的研究と批判的加工とを基礎として與えられたロシアの社会的=経済的構造、従ってまた、階級的構造の分析は、革命的進路へのあらゆるかいきゅうの公然たる政治的進出によって確認されつつあるということを、著者は本書第二版(一九〇七年)への序言の中で述べて、その後を次の言葉で結んでいる。――「プロレタリアートの指揮的役割は完全に明白となった。歷史的運動におけるプロレタリアートの力が人口の總大衆におけるその分前よりも測り知れぬほど大であることもまた明白となった。それやあれやの現象の経済的基礎は、この労作において立證せられた。」

参考

本書の邦訳にあh岩波文庫版『ロシアにおける資本主義の発展』(大山岩雄、 西雅雄共訳、上下二巻)がある。マルクス主義から見た農業問題の研究の為には、本書は、カウツキーの『農業問題』*と共に、必讀の書である。

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